i-かりん

10月7日 「無知の知」

 仕事を辞めて、約2週間が過ぎた。

この2週間で私がしたことと言えば、英語の勉強と、登山と乗馬、主婦業その他、取り立てて特筆すべきことはない。ただ、もう患者を縛らなくていい、わだかまりを抱えて帰宅しなくていいという状況は、精神に良い作用をもたらしている。



 英会話の先生はマッチ先生に代わり、若い女性の先生となった。マッチ先生も相当若かったが、彼女は私より更に一回りも若い。ここでは仮にニーナ先生としておこう。マッチ先生と同じ、イギリス出身の先生だ。



 女同士で構えないせいか、マッチ先生の時よりも私はいくらかスムーズに話せているような気がする。その携帯ストラップ可愛いわね、と、不意に小物に注目するあたりが彼女はいかにも女性らしく、ネイルアートの話題で盛り上がったりもできるという、女同士のトークもなかなか楽しい。

 

 彼女は私の知らなかったイギリスの姿を色々と教えてくれた。私はかの国は「紳士の国」だと思って生きてきたのである。確かに紳士の国でもあるが、同時に犯罪の多発する危険な面も持ち合わせており、麻薬は氾濫し、地下鉄は時間通りに来ることは稀で、天気は概ね悪く、男は必ずしも紳士でなくむしろイケておらず……と、彼女の語る、かの国の姿は興味深い。

 

 彼女の話を聞き、私は英国に対する私のイメージが、いかに限られた情報に基づくものであったかを理解した。そして私がいかにものを知らないかということも、最近急速に知りつつある。

 

 30歳を過ぎて、お前は何を知っているのかと問われても、私には答えられることが少ない。もちろんリハビリ関係については一般の人よりも多少詳しいかも知れないが、その中でも得意分野と呼べるものは結局得られていない。急性期、回復期、慢性期のリハビリを、この4年で一通り経験してきたというだけだ。今のところは広く浅い知識しかない。

 

 ただその専門分野について、今更に掘り下げて何か知りたいかと問われたら、正直なところ今は興味がわかない。それよりも、私が急速に意識しつつある己の無知さについて――世界に対する無知さについて、それを補いたいという思いの方が強くなってきている。

 

 世界というのは必ずしも海外という意味ではない。私は先日、急に思い立って藻岩山という札幌近郊の山へ行ったのだ。私は学生時代も含めて8年以上札幌に住んだ経験をもつが、その山に登ったのはそれが初めてである。

 

 自分の足で歩いて登ろうかと思ったが、ちょうどロープウェーが出発するところだったので、ヒョイと乗ってしまった。紅葉の始まる時期で、赤や黄色に染まりかけた木々と、遠く広がる札幌の街を、窓からぼんやりと眺めた。

 

 頂上に着き、展望台にたどり着くと、絶景が広がっていた。厚い雲の切れ間から光が伸びて、地上をその部分だけ明るく照らしていた。こんなにも美しい景色を私は知らずにいた。8年も札幌に住んでいて?そのことに愕然としながら、寒さも忘れて私は見入った。満足するまで眺めた。

 

 私はかつて海外に何度か行ったことがある。最後に行ったのは16歳の時だ。サンディエゴでホームステイを1ヶ月した。しかし当時の記憶は、かなりおぼろげになってきている。英会話レッスンの際、ホームステイで何をした?何に驚いた?とマッチ先生やニーナ先生に問われても、私が答えられることは驚くほど少なかった。自分でもそのことに愕然とした。何故だ。人生でも結構大きな出来事のはずなのに、私はどうして大した記憶を持っていないのか。

 

 それは結局、私が自ら能動的に選んで行ったものではなかったからかも知れない。私は当時通っていた予備校の勧めで行ったのだ。ステイ先も滞在時のスケジュールも、全て予備校側が決めた。私はただ流されるままに、状況を受け入れていただけだった。16歳の私にできることは、あまりに少なかった。

 

 今私が海外に行けるとするなら、自分の見たいもの知りたいもの、全て自分の興味に基づいて行動することだろう。16歳の頃よりは、もっともっと自分を取り巻く環境を楽しめるに違いない。さらに言えば、私は己の無知さに気付きつつある。そして、どうすればその無知さを埋めることができるのかということだけ、どうにか掴みつつある。

 

 それはごく簡単なことで、外へ出て人と会って話すこと。書物も無知さを補う重要な手段だろうが、私は今むしろ行動したい欲求に駆られている。英語も人と話すための大きな手段であり、今になってしみじみと、再び英語を始めて良かったと、そしてマッチ先生との別れによって放り投げてしまわなくて良かったと、心からそう思っている。自分で選択の幅を狭めなくて良かったと。